「シウマイの街」独自進化続く 栃木・鹿沼 「崎陽軒」初代社長の故郷

経済 産経新聞 2026年03月22日 10:00
「シウマイの街」独自進化続く 栃木・鹿沼 「崎陽軒」初代社長の故郷

栃木県鹿沼市が今、「シウマイの街」として注目を浴びている。ここ鹿沼は横浜名物のシウマイで知られる「崎陽軒」(横浜市)初代社長の故郷。そんな縁で始まったのが、シウマイによる街おこしだ。市内には工夫を凝らしたオリジナルシウマイを提供する店も多く、駅前には「シウマイ像」が設置されるなど盛り上がりをみせている。「かぬまシウマイ」の〝聖地〟を訪ねた。

鹿沼市は関東平野の北限に位置し、人口約8万9000人。日光の玄関口でもあり江戸時代から木工など、ものづくりのまちとして発展してきた歴史をもつ。

同市が新名物として掲げるのが、「シウマイ」。その背景にあるのは、「崎陽軒」との深い縁だ。同社の初代社長の野並茂吉氏(旧姓渡辺、1888~1965年)は鹿沼市出身。昭和3年に発売された同社のシウマイは横浜に名物をつくろうと茂吉氏が当時の横浜南京街(現中華街)の食堂で出されたシウマイに着目し独自の調合で開発した。

一般的には「シューマイ」と表記されることが多いが、同社は発売当初からかたくなに「シウマイ」。これは茂吉氏の鹿沼なまり(シーマイ)が中国語の発音に近く、中国人スタッフに称賛され、現在の表記になったというユニークな逸話が残っている。

この縁を頼りに、令和2年、鹿沼商工会議所が旗振り役となって「シウマイによる街おこし」を本格始動。当初は同会議所創立75周年に合わせて、茂吉氏の功績をたたえる像を建立する計画だったが、それがいつしか街全体を巻き込む大きなうねりとして発展した。

鹿沼市の玄関口であるJR鹿沼駅前にある「シウマイ像」は街おこしのシンボルとなっている。一見すると、石材を積み上げた抽象的なアート作品だが、そこには深い意味も込められている。制作を依頼された東京芸大では茂吉氏の「シウマイは人の手で握られて作られてきた」という言葉から「にぎる」をテーマに彫刻内部の空洞に精緻な彫刻を施した。市民や観光客も訪れ、カメラを向けるなど新たな名所となっている。

現在、市内でシウマイを提供する店は約80店舗。飲食店のみならずゴルフ場やテークアウト専門店なども加わり年々、その数は増えている。

まず、足を運んだのは大正14年創業のラーメン店「安喜亭」本店。市内で最も古くからシウマイを出している老舗だ。初代が横浜で修業し、その味を約100年にわたり受け継いできた。シウマイは大振りで食べ応え十分。豚ひき肉とたっぷりの玉ねぎが織りなす絶妙な甘さはどこか懐かしく、卓上のソースをかけて食べるのが〝鹿沼流〟だ。

また素材にこだわる「笑福(えふ)シウマイ」は人気店の一つ。国産豚のひき肉をぜいたくに使った熟成あんは深いコクとうま味が凝縮され、この味を求めて県外からわざわざ訪れるファンも多い。

鹿沼のシウマイの面白さはその多様性にも。すし店や割烹(かっぽう)の店ではシウマイに、グラタンやだし巻き卵を融合させた創作料理を考案。洋菓子店では見た目がシウマイそっくりのシュークリームを販売するなど、遊び心いっぱいのシウマイメニューも登場している。

栃木といえば、餃子(宇都宮市)の一強時代が続いてきたが、独自の進化を続ける「かぬまシウマイ」がその勢力図を塗り替えるのか、目が離せない。(伊沢利幸、写真も)

シウマイ像 栃木県鹿沼市上野町100。JR鹿沼駅から徒歩約1分。東北自動車道鹿沼ICから車で約25分。鹿沼商工会議所が記念事業として崎陽軒と連携し、制作を東京芸大に依頼。令和3年に設置された。高さ90センチ、横85センチ、長さ280センチ、3・2トン。問い合わせは同商工会議所0289・65・1111。

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