20世紀オペラの代表作の一つ、アルバン・ベルクのオペラ「ルル」を東京二期会が再演する。ルルは「ファム・ファタール(魔性の女)」の典型として解釈され、舞台で描かれてきたが、演出家のカロリーネ・グルーバーは「むしろ彼女は哀れな存在です。私はルルの内面、彼女の魂を描きたい」と女性の視点で演出。19世紀末のヨーロッパ文化が色濃く反映される作品について、指揮のオスカー・ヨッケル(30)は「ヨーロッパでも上演は難しい」と話しており、今回の再演は貴重な機会となる。
「ルル」はオーストリアの作曲家ベルクの絶筆で、1929年から亡くなる35年にかけて、3幕の一部までが作曲された未完のオペラ。台本は、ドイツ表現主義のヴェーデキントの戯曲「地霊」と「パンドラの箱」を原作に、ベルク自身が書いた。
貧民街で暮らすルルは、シェーン博士に見い出され愛人関係になるが、ルルを初老の医事顧問と結婚させる。ルルを描く画家も彼女に魅了される。医事顧問は、ルルと画家との現場を目撃、ショックから心臓発作で急死する。
シェーンは、ルルを画家と再婚させる一方、自らは高級官僚の娘と婚約する。つきまとうルルに手を焼いたシェーンが、画家にルルとの関係を暴露すると、ルルの汚れた過去を知った画家は自殺する。
ルルはシェーンに結婚を強要し、妻となる。しかし、その後もルルの父親と呼ばれるシゴルヒ、サーカス団員、学生らルルの「信奉者」が後を絶たない。シェーンは妻の不貞に苦しみ、ルルに自殺を強要するが、逆に射殺される。ルルは同性愛者のゲシュヴィッツ伯爵令嬢などの助けで脱獄する。
グルーバーは初演の際に「シェーン博士に拾われ、売春婦の訓練を受け、誰からも性的な対象としか扱われないルルこそが社会から抑圧を受けた犠牲者」と話した。
ヨッケルは「ルルはひどい女性ととらえられがちだが、原作を読むと、ルルは虐待された過去があります。死んでしまう3人の男たちにはルルにしたことの罪深さがある。女性の視点で演出されていることが大事です」と話す。
ドイツ出身のヨッケルは初来日。作曲家でもあり、日本文化が好きで、谷崎潤一郎のエッセー的な評論「陰影礼賛」をオペラ化し、グルーバーが演出している。
ベルクは12音技法という新しい音楽言語で作曲した。従来の調性の概念からはずれているため、一聴しても難しい音楽と感じてしまう人は多いが、ヨッケルは「12音技法のルールと構造は相乗効果があります。楽譜を見ると緻密に書かれており、難しいと思ってしまうかもしれません。しかし日本庭園のように、さまざまな木が植えてある庭を散歩した際に、それぞれの木ではなく、美しさを見るのです。モーツァルトの楽譜も本当に細かく書かれていますが、鑑賞するときにはそんなことは気にならなくなります。『ルル』でも同じことが期待できます。12音技法を意識しないでいいのです」と話す。
このプロダクションの初演は2021年8月。新型コロナ禍でさまざまな制限があった時期で、今回は〝完全版〟になる。
初演でもルルを歌った冨平安希子は「再演に出演できることはとてもうれしいです。ルルは劇中ではひどい扱われ方をしますが、救いに向かってあがいています。自分が何者なのか分からないのです。かわいそうですが、生きていく美しさ、強さがあります。犠牲者のみじめさを感じません。私は演じながら感動してしまいました。エンディングはお客さまに投げかけているようなところがあります。5年間の経験からもう少し客観的に歌えると思います」と話す。
ルルはダブルキャストでもう一人は宮地江奈が初役で務める。
「自分とかけ離れた人物を演じることは楽しいです。あまりにもルルの周りの男たちが悪いから、いい人ではいられません。ベルクの音楽を覚えるのは、いつものオペラの10倍ぐらい時間が必要でした。正しい音でピアノを弾きながら毎日毎日練習しました。『ルル』は演劇的要素が多いですが、やっぱりオペラなので音楽を大切にしたい。私の持っている声で表現したい」という。
「ルル」は後に補筆された3幕版もある。ルルはパリからロンドンに逃亡し、悲惨な最期を遂げる。しかし、このプロダクションは2幕版。そしてグルーバーはルルの「魂」を踊るダンサー(中村蓉)を加えた。
ヨッケルは「2幕版と3幕版はまったく違う結末です。人は悲惨な出来事が起きたとき、これは私じゃない、と自分を分離しないと生きていけません。中村さんは重要な役割を担っています。『ルル』は考えている人の頭の中まで見える心理ドラマです。このプロダクションは最後にルルが解放されます。それまでの感情の動きを見に来ていただきたい」と話した。
公演は4月11日、カルッツかわさき。17~19日、新国立劇場オペラパレス。冨平の出演は17、19日、宮地は11、18日。シェーン博士:大沼徹、黒田祐貴、ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:川合ひとみ、豊島ゆき、ほか。東京フィル。公式ホームページhttps://nikikai.jp/(江原和雄)