<戦後80年 私のことば 5月 後編>
◆家に落ちてきたのは3種類
80年前の1945年5月30日昼ごろ、東京上空に多数の紙がまかれたという。第2次世界大戦のせいで、暮らしがどれほど苦しくなったか──などと書かれていた。飛来した米軍機が日本の人々の戦意をくじこうと、ビラをばらまいたのだ。
東京都滝野川区(現在の北区)の滝野川国民学校初等科6年志村建世さんは、その時の様子を日記に書いている。
トルーマン大統領の写真入りのビラ。文は裏面に続く(国立国会図書館提供)
「空からは、雪のようにビラがたくさん降って来、家の庭だけでも六枚落ちました。家に落ちたのは三種類で、焼け跡に死体がころがっている絵が書いてあるのと、十円札のほんものそっくりのやつのうらに、前には十円で米が四斗買えたなどと書いてあり、も一つのは、トルーマンから日本国民への手紙でした」
トルーマンは、4月に亡くなったフランクリン・ルーズベルトの後を継いだ米大統領。この頃にまかれたとみられる一枚が、国立国会図書館に残る。
◆「鬼畜米英」と言っていたが…
縦15センチ、横20センチほどの紙片で、片面には電話をかけているトルーマンの写真。「日本国民諸氏」に宛てた手紙の形式で、ナチス・ドイツの敗北や、日本が戦争を続けるなら攻撃を激化させるなどと記してある。一方で、無条件降伏すれば一般の国民は苦しい暮らしから解放されると説く。
「無条件降伏しても殺されたり奴隷になったりはしない」と呼びかけるビラ(国立国会図書館提供)
そして「無条件降伏は日本国民の抹殺乃至(ないし)奴隷化を意味するものに非(あらざ)る事は断言して憚(はばか)らず」と結んだ。無条件降伏しても、国民が一人残らず殺されたり、奴隷にされたりすることはない、という意味だろう。
ビラの写しを志村さんに見てもらった。「まさにこれ。またお目にかかれるなんて思いもしなかった」。食い入るように読み「無条件降伏は...