「最速横綱」は伝達式でも成長を示した。
28日に第75代横綱へ昇進した大の里。8カ月前、大関に昇進した際は「小さなミス」もあったが、横綱昇進の伝達式では堂々と務めあげた。【飯山太郎】
「謹んで、お受けします。横綱の地位を汚さぬよう、稽古(けいこ)に精進し、唯一無二の横綱を目指します」
茨城県阿見町の二所ノ関部屋で行われた伝達式で、大の里はこう口上を述べた。
大関昇進の際の口上「唯一無二の力士」から微修正した。
「唯一無二」は、父・中村知幸さん(49)が口にしていた「唯一無二になってくれ」という言葉が基だ。
横綱昇進を確実にした夏場所の千秋楽翌日、大の里は「唯一無二は(大関昇進時に)使ってしまった」と話し、横綱昇進の伝達式で口上に入れる予定はなかった。
しかし、「自分自身、考えて。本当にこの言葉しかないなと。『唯一無二』という言葉を。昨日(27日)の昼ぐらいに(決めた)」と明かす。
「大関と違って、堂々とやっていました」
伝達式後の記者会見で、師匠の二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)はこう苦笑いを浮かべた。
大の里は大関昇進時の口上で「ミス」をしていた。
「謹んで、申し上げます」と述べて、すぐに「唯一無二……」と続けてしまったのだ。
日本相撲協会からの使者に対し、昇進を受諾することを伝えないまま決意を述べる格好になった。
その反省を生かし、大の里は「2度目だったので」とホッとした表情だった。
4場所で大関を突破して最高位に到達した大の里に対し、師匠の二所ノ関親方は新大関から初優勝までに31場所を要した。
年6場所制となった1958年以降で最も遅い記録だが、その場所後に第72代横綱に昇進している。
二所ノ関親方は「僕は一番遅く上がって、大の里は早く上がった。僕は(大関を)5年やりましたので、全然違うものがあります」と目を細めた。
「史上最速」の所要13場所で大の里が横綱になった要因についても明快に語った。
「つまらないような稽古でも、部屋の中で一番やってきたのが大の里だった。やっぱり『稽古はウソをつかない』というのが、はっきり出たと思う」
新横綱もうなずく。
「とにかく基礎を忠実に。今までは大事にしていなかったが、この部屋に入り、腰割り、すり足、てっぽうを大事にし、やってきた結果が身になったのかなと思う」
大の里は横綱土俵入りの型を問われ、「雲竜型。師匠に憧れて」。二所ノ関親方と同じ型にすることを控えめに明かした。
実の父の願いを口上に込め、角界の父に感謝した大の里。師匠が願う「背中で引っ張っていく」唯一無二の力士になるための歩みが再び始まる。