何の変哲もない工場が、卯月(うづき)の陽光に包まれていた。
ここが探検の舞台?
少し拍子抜けしながら、工場の入り口まで行くと、頑丈な鉄の扉が立ちはだかっていた。そして、扉にはこう書かれていた。
「関係者以外立ち入り禁止」
なるほど、厳めしい。そう、ここは金の“延べ板”(インゴット)を生み出している業界最大手の田中貴金属工業(本社・東京都)の神奈川県下の工場なのである。
工場内に入った。インゴット作りの工程には、企業秘密の技術があちこちに隠されていて、写真撮影は制限された。
ごみ一つ落ちていない大作業場には全部で四つのラインがあり、それぞれのラインで500グラムや1キロなどの、違う重さのインゴットが作られているという。
最初に金の重さを測るところは、企業秘密のため撮影禁止。だんだん探検家の気分になってきた。
「るつぼ」と呼ばれている壷の中に金が入れられた。1400℃に熱せられると、オレンジ色をした液体に変わった。ドロドロになった金が、赤く熱せられた鋳型に流し込まれる。数秒後、鋳型は「はし」と呼ばれているペンチのような器具で挟まれてテーブル上へ。そこに並べられたかと思うと、あっという間に黄金色に輝き始めた。
インゴットの誕生である。
この工程も、非公開の部分がいろいろあって、レンズを通してすべてをお伝えできないのが残念だ。
白金加工セクションの吉田宏チーフマネジャーに話を聞いた。
同社では、機械による自動化した金のインゴット作りが主力だが、手作業によるラインも一つだけ残されているという。液体になった金を鋳型に入れ、そこから出してテーブル上に置く一連の作業だ。
鋳型の温度を見計らうのも体験がものをいい、鋳型からの出し入れのタイミングや位置などは熟練の技が必要。最低でも1年以上の経験がないとできないという。こうした手作業があってこそ、形が整っていて傷がなく、きれいに輝くインゴットが誕生する。
「技術を残していくためにも、すべてを機械任せにしていくことはできません」
“秘密の工程”に配慮しながら、吉田さんはこう話した。
金は今、長引く株価の低迷やペイオフ解禁で注目されている。同社の今年二月の販売量は、昨年6月の9倍にもなった。ペイオフが解禁された後の今月でも、昨年同月比2~3倍になっているという。
金はインフレや有事に強く、株や預金などの資産価値が下落した場合に、価格が上昇するといわれる。バブル期には、金の値上がりを期待してブームが起こった。しかし今、元本割れのリスクのある金が買われているのは「預金や株式などのペーパーマネーへの不安感から、紙くずにならない金が見直された」(田中貴金属)ためだ。
購入層もかつては50~60代の男性が多かったが、今年はサラリーマンや主婦、親子連れなど各世代がまんべんなく買っている。1キロのインゴットを5~10本まとめて買っていく人が多い。そして、約8割が新規の購入者だという。
古今東西を問わず、人間の心を魅了してきた金。マルコポーロの冒険やコロンブスの航海も、東洋の金を求めることがきっかけだった。
デフレの今、庶民はささやかな夢をインゴットに託している(文と写真 植村光貴)