多様な細胞に変化できる「夢の多能性細胞」がようやく実用化される見通しとなった。山中伸弥・京都大教授による人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発から20年。iPS細胞による治療や創薬を「身近な医療」として患者のもとへ届けるとして、さまざまな壁に挑んできた山中氏ら研究者たちの歩みに光が見えてきた。
「(iPS細胞は)医学、創薬で大きな可能性があるが、役立つところまできていない。一日も早い医療応用を実現しなければならない」
平成24年10月8日、ノーベル生理学・医学賞の受賞決定を受けた記者会見で、山中氏は喜び以上に使命感に満ちた表情でこう語っていた。
18年に世界で初めてマウスからiPS細胞を作製し、翌19年に人のiPS細胞の開発成功を論文で発表すると一躍世界的な脚光を浴び、ノーベル賞の有力候補に浮上した。同年に別の多能性細胞の研究成果が受賞したばかりで「臨床応用で成果が出てから」との見方もあったが、吉報が届いたのはわずか5年後。革新性と将来性の高さが異例の評価につながった。
受賞を受け、国による10年間で1100億円規模の長期的支援や実用化を視野に入れた再生医療関連の法整備、企業の参入なども急速に進んだ。ただ、前例のない医療応用ということもあって安全性の検討などに時間を要した。実用化に向けたステップとなる臨床研究(治験)の開始は、21年時点で国が示した最速で「5年以内」という計画からは大きく遅れが生じた。
さらに、治験までこぎつけても、多額の費用やさらなる安全性の確保が必要となって停滞し、結局実用化できない「死の谷」と呼ばれる創薬の構造的課題も立ちはだかった。
この「死の谷」を越えるため、iPS細胞のストック事業を京都大iPS細胞研究財団が中心となって展開。安全性が確認されたiPS細胞を保存し、研究や再生医療に携わる企業や大学に低価格で提供することでコストダウンや普及は大きく進み、iPS細胞の腫瘍化などのリスクに対する技術も進歩した。
20年の時を経て、現実的な医療のツールとして環境が整いつつあるiPS細胞。「病気やけがで苦しんでいる患者の役に立ちたい」という山中氏の強い信念が、実を結ぶ時期を迎えた。(杉侑里香)