東京電力福島第1原発事故により、帰還困難区域となった福島県飯舘村の長泥地区に全国各地から多くの見学者が訪れている。長泥地区では除染土壌を再利用して農地を造成するという前例のない取り組みに挑戦している。復興や除染土の現状に加え、現在も故郷に戻ることのできない住民の葛藤についても理解してもらうのが狙いだ。
原発事故の避難が続く長泥地区に昨年10月24日、大学生約30人が訪れ、住民4人と懇談した。元区長の鴫原良友さん(75)と鴫原清三さん(71)ら4人が原発事故以降の避難生活や現在の思いを語ると、大学生らからさまざまな質問が飛び交った。
大学生からの「除染土を再利用する事業について聞いたときはどう思ったか」との質問に、長泥の住民は「反対の人ももちろんいる。一か八かではなく、長泥も一歩前進しないといけないという気持ちだった」と振り返った。
第1原発の北西約30~50キロに位置する飯舘村は、原発事故により全村避難を強いられた。平成29年3月に面積の95%で避難解除されたが、南部の長泥地区は、村で唯一帰還困難区域のまま残った。令和5年5月1日に一部が避難解除となるも、現在は1世帯2人が暮らしているのみだ。地区内にある特定復興拠点区域には71世帯198人が住民登録しており、村は3年後に居住人口約180人を目指している。
長泥地区では平成30年から環境省による「環境再生事業」が行われている。飯舘村内の除染で発生した除染土から異物を除き、汚染されていない土で覆って農地として利用する実証事業だ。
「自分の土地に放射能が入るなんて考えられなかった。長泥が帰還困難区域として残る中で、正しいとか間違っているということではなく、挑戦するという気持ちでやるしかなかった」。良友さんは当初の思いをそう打ち明けた。
地区内では、1~4工区に分けられた農地計約22ヘクタールで造成が進められている。昨年4月に約4ヘクタールが村や地権者に引き渡された。これまでにコメなどの試験栽培が行われ、いずれも放射性物質濃度は国の基準値を下回った。安全性を確認し、来年度以降に出荷制限を解除したいとしている。
環境省は実証実験についての理解を広めようと、令和3年度から長泥地区での見学ツアーを開催し、行政機関や中高生、大学生など5千人を超える人が訪れた。昨年4月には広報施設「花の里ながどろ環境再生情報ひろば(愛称・ながどろひろば)」を開設。環境再生事業や村と長泥地区の復興の歩みをパネルや模型、映像などの展示で伝えている。
「『そんなこと国内であるんですか』と言われたこともある。今も避難している人がいることを知らない人もいる」
大学で理解醸成の講義をする農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の上級研究員、万福裕造さんはそう話す。現地に来る前、大学生には万福さんが行う1コマ90分の授業を受けてもらっている。万福さんは「環境再生事業は住民たちの葛藤の中で始まった。そのことを多くの人が知る必要がある」と語る。
この日、見学に訪れた大学生らは、花卉(かき)栽培のビニールハウスや地区内の環境再生事業の現場を見学した。参加した東京大大学院の玉寄英慈さんは、復興に関する調査などをしており、「除染した土壌をどうするのかという復興には目を向けてこなかった。復興にはいろいろな形がある。それを意識して調査していきたい」と話した。
かつてシダレザクラなどが咲き誇る「花の里」と呼ばれていた長泥地区に、また原発事故以前のように人が戻ることを良友さんはあきらめていない。「『最終処分場』と言われたこともあった。住民だけが頑張っても限界がある。少しでも多くの人にこれからの復興や原発のことを考えてほしい」と訴えた。(大渡美咲)