AIはただのバブルのようには弾けない 完成形にはほど遠く、専門家の見解も一致せず

経済 産経新聞 2026年04月04日 14:00
AIはただのバブルのようには弾けない 完成形にはほど遠く、専門家の見解も一致せず

企業が人間ひとりとAIだけで運営される時代がもうすぐ始まると、まことしやかに言われている。だが成功するのは、AIの重要性が増すほど労働力の価値が高くなることをいち早く理解した企業だろう。

ここ数カ月、わたしは7歳になる息子ピーターの趣味の世界に人工知能(AI)を取り入れている。ピーターは毎週日曜日にプログラミング教室に通っており、先日、そこでじゃんけんのプログラムをつくった。そしてそれをどうしても自分なりに改良したいと言い出した。ピーターのスキルレベルについて「ChatGPT」と「Claude」に概要を伝えると、すぐに次のステップが示された。

Claudeが、子ども向けのプログラミング環境「Scratch」で「ポン(Pong)」を再現してみようと提案してきたので、Scratchをダウンロードする。わたしは肘掛けいすに座り、iPadでChatGPTを使い、ピーターはコンピューターでプロジェクトを試す。息子が行き詰まるたびに、わたしは自分のプログラミング知識を使ったり、AIに頼ったりしながら質問に答える。1時間ほどで、ゲームの土台となるバージョンが完成した。

それから数週間のうちに、ピーターはわたしとAIの助けを借りて、映画『トロン』シリーズに登場するライトサイクルのバトルを思わせるゲームを完成させた。音楽とスコア記録のシステムまで備わっている。さらに、「図書館シミュレーター」ゲームの導入部分を考えたかと思うと、「Dot in Space」という独自のゲームを制作した。宇宙空間をワープしながら旅をする小さな宇宙船のゲームだ。

難問にぶつかり、勢いが削がれそうになっても、AIが突破口を示してくれる。わたしが求めると、より高度なプログラミング環境としてConstruct、GDevelop、Godot Engine、GameMakerなども教えてくれ、難度の高いプロジェクトを勧めてきた。先週末には、ピーターが夜遅くまでかけて「アステロイド(Asteroids)」の改良版をプログラミングした。そのあいだじゅう、チェリオスを頬張り、ペットボトルの水をエナジードリンクのようにがぶ飲みしていた。

ピーターは子どもで、わたしはその父親なのだから、これはほほえましいエピソードに映るかもしれない。AIを使って若者がプログラミングを学び、年長者がその手助けをする──すばらしい話ではないか。だが、ここで何が起きていたのか、視点を変えて考えてみよう。

『国富論』のなかでアダム・スミスは、労働者が「獲得した有用な能力」を「固定資本」、すなわち小規模な不動産や設備に類する資本だと論じている。「人的資本(ヒューマンキャピタル)」という用語を生み出した経済学者セオドア・シュルツが現れるのは、1960年代になってからのことだ。それは、人々が自分自身を成長させることに投資する、継続的かつ動的なプロセスを説明するための文脈だった。

シュルツは、能力向上に向けて個人が時間や費用、努力を注ぐものだと人的資本を捉えた。人は夜間学校に通い、情報を交換し合い、自己啓発本を読み、空いた時間を使って「技術と知識を磨く」。人的資本を強化する営みは、多くの場合、目に見えないところで進む。

だが、「人々が自分自身に投資していること、その投資が極めて大きいことは厳然たる事実だ」とシュルツは説いた。そうした投資こそが「人間の努力の質」を引き上げるものであり、それ以前の数十年にわたって経済学者が目撃してきたように、「労働者ひとりあたりの実質所得が大幅に伸びた大きな理由」なのだと、シュルツは提唱した。

今日、企業や組織が豊富な人的資本をもつ人々から大きな利益を得ていることは明らかだ。会議は事情に通じた人が参加したほうが実りあるものになる。製品も、それをつくるチームが幅広いスキルを備えていれば質が高まる。見えにくいのは、企業や組織が人的資本の変化を認識し、それを活用することに苦戦している点だ。

例えば、ある従業員が特定の業務のために雇われ、その後、別の業務に就けるスキルを身につけたとする。そうであれば、その技能向上に応じて組織図が変わるのが理想だ。だが現実には業務が檻になる。そして労働者がその檻を出る、つまり別の場所で職を得ると、その人的資本も同時に移動してしまう。

したがって会社の立場からすれば、理想的な新入社員とは、懸命に努力して勤務初日までに自分の人的資本を最大限に引き伸ばし、その後はただちにペースを落とし、機械の有能な歯車のひとつになる人材だということになる。組織は労働者が成長することを望むが、そのスピードが速すぎては困る。歯車として組み込まれるシステムそのものよりも早く成長されては都合が悪いからだ。

経営者にとって幸いなのは、人的資本の構築には長い時間がかかるという点だ。少なくともこれまではそうだった。AIとは、何よりもまず学習の速度を高め、能力を引き上げる技術だ。いまや何億もの人々が大規模言語モデル(LLM)を利用している。単にチャットボットで遊んでいるだけではない。

AIを使えばこれまで経験のなかった仕事でもこなせるようになり、以前は理解できなかったテーマについても短時間で学べることがわかってきた。もし人的資本を蓄積できる速度が突如として上がったら何が起こるのか。これこそがビジネスの世界にAIが突きつけている課題のひとつだ。ビジネス界はいま、AIという技術にどのような価値があるのかを懸命に見極めようとしている。

だがいくつもの理由から、AIを、人的資本を引き伸ばすための道具と捉えると違和感が残る。AIの有用性は知性の自動化にあるのではないか。だとすれば、懸命な努力によって身につけられた人間の知識はいずれ用済みになるのだろうか。主要なAI企業は多くの労働者がAIによって置き換えられる未来を語っている。

すでにAIをビジネスに取り入れつつある大企業も、ほぼ間違いなく同じ方向性で考えている。AIは高価であり、その投資を正当化するためにはそう考えざるをえないからだ。マイクロソフトは、法人向けチャットボット「Copilot」にユーザー単位の料金を課している。数千人規模の従業員を抱える企業がCopilotの「シート」を導入しようとすれば、毎年、何百万ドルもの投資を覚悟しなければならない。

これだけの「出費」はそれに見合うだけの利益につながるのだろうか。企業がこの疑問に答えを見いだすには、新製品の投入、あるいは人件費の削減という観点から考えるのがいちばんわかりやすい。前者は収益の増加に、後者はコストの削減につながる(両方を同時に実現できることは言うまでもない)。

OpenAIは25年12月、「エンタープライズ」AIの現状について新たな報告を発表し、そのなかで、人間の労働力を置き換える製品に関する数多くの研究を紹介した。代表的な例が、カスタマーサービスの通話対応に用いられているAI音声エージェントだ。OpenAIによれば、現在こうした音声エージェントは企業において「年間に何億ドルも」のコスト削減を実現しているという。

この状況を踏まえると、労働者の置き換えこそが企業向けAIの必然的な終着点であるかのようにも思える。だが注意すべきなのは、概念的にも、また社内会計の観点からも、大企業は新しいテクノロジーをどのように統合すべきか判断に迷うことが少なくないという点だ。

情報技術(IT)部門が新たに登場した1980年代から90年代当時でも、その存在価値を社内でどう位置づけるのかは必ずしも明確ではなかった。IT部門は、新しいコンピューターやネットワーク機器、生産性向上のためのソフトウェアに毎年莫大な額を投じていたはずだ。

その出費はすべて回収できたのか。その価値を正確に測る方法はあったのだろうか。大企業がメインフレームを導入する際、何人かの会計士を置き換えることは考えられただろう。IT部門のマネジャーがコンピューターの重要性を上司に説明する立場に立たされたとき、タイピストの人数を減らせると説明するのがもっとも簡単な答えだったに違いない。

だが時間が経つにつれ、ITの費用と便益はそうしたかたちで算定できる範囲をはるかに超えていることが明らかになった。現代の企業はコンピューターを中核として再編されている。この新しい世界において、IT部門の意義はコンピューターに依存する労働者を置き換えることではなく、その生産性を補強することにあった。

労働者はIT部門に対してより多くを求めるようになる。「コンシューマライゼーション(消費者主導型IT)」と呼ばれる変化に伴い、技術に詳しい従業員が勤務時間外に使うツール、例えばスマートフォンは職場で支給されるものよりも高度になっていった。より多くを求める従業員はアップグレードを要求し始める。

最終的に今日では、ITへの「出費」が提案されたときにその投資が従業員の置き換えという乱暴な行為だと受け取られることはなくなった。重要なのは、新たな投資によって既存の従業員が必要な業務を遂行できるかどうか、そして競合他社の従業員に対抗できるかどうかという点だ。

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