54年ぶりの有人月周回に挑んだ国際共同プロジェクト「アルテミス計画」は、人が宇宙空間で生活しながら多様な課題をこなしていくところに価値がある。人が生活する以上、欠かせないのがトイレだ。宇宙飛行士4人が乗る宇宙船「オリオン」も備えており、月基地建設や資源開発で往還が増える時代に備え、相次ぐトラブルに対処しながら「宇宙トイレ」の在り方を模索している。
オリオンのトイレは、扉で仕切られた機内の衛生区画に置かれている。無重力環境では、地上の水洗トイレのように尿や便が水とともに下へ落ちないため、空気を使って吸い込む。尿はタンクにためてから機外へ排出。便は機内にためておき、地球に帰還してから処分する。国際宇宙ステーション(ISS)で先行運用した知見を踏まえ、オリオンに採用した。スペースシャトル時代の機内トイレに比べ、大きさを約4割に抑えた。
だが、飛行初日からつまずいた。乗員が使い始める準備をした際、故障灯が点滅した。装置を動かす前に入れる水が足りず、ポンプが十分にぬれていなかったため自動保護機能が働き停止した。飛行士らは地上管制と相談しながら水を追加し、ポンプに水を呼び込み機能を回復させた。こうした課題は、人が実際に使わなければ見えない。
タンクにためた尿を船外へ出す排出系も不調になった。地上の管制・技術チームは回復を試みたが、思うように進まず、必要に応じて予備の尿回収器具を使うよう指示した。当初は凍結が疑われたため、機体の向きを変えて排出口に日光を当て、ヒーターも使って回復を試みたが、完全には戻っていない。
現段階では、汚水内で雑菌のぬめりが広がらないよう加えた薬剤が何らかの化学反応を起こし、細かなかすがフィルターを詰まらせた可能性が指摘されている。地上では想定しにくい現象だ。
飛行士らは、月面観測や機体の手動操縦試験、健康管理など、数多くの予定をこなしながら、トイレのような生活装備の不調にも対応している。NASAは今回の飛行を「試験飛行」と位置付けており、乗員が実際に暮らしたときに何が起きるかを把握することが大きな目的で、トイレのトラブルも将来に向けた改良材料になるとみている。
華やかに見える宇宙の旅の陰では、警告灯を確認し、排水の具合を見て、必要なら代替手段に切り替えるという地味で人間くさい作業が続いていた。人類が宇宙へ本格的に通う時代を開くには、食べ、眠り、用を足すという当たり前の営みを、極限環境でも確実に成り立たせる必要がある。(伊藤壽一郎)