本コラムの 第8回では「無収入工程」という視点を紹介した。売り上げや顧客満足に結びつかない業務を指す言葉で、それを削減することで、賃上げ原資である「社員1人当たりの粗利」を増やせる。今回は無収入工程の削減に取り組む事例として、福井県あわら市の旅館「清風荘」を取り上げる。
110室を有する創業70余年の老舗旅館の業務改革を推し進めているのは、伊藤由紀夫社長の長男、伊藤将太取締役。東京の大学在学中から、人材紹介の事業を手掛けていたが、2年前、旅館を継ぐためにUターンし、入社した。現在32歳。旅館経営をどのようにアップデートしているのかを聞いた。
2023年4月に福井に戻るまで、旅館経営には全く関わっていなかったのですか。
伊藤:はい、そうです。東京で人材関連の会社をずっと経営していたので、いざ旅館の中に入ってみると驚くことばかりでした。何しろ労働条件が悪すぎる。年間休日は少ないし、初任給は17万3000円。勤務は1日13時間拘束でした。旅館はチェックアウト後の午前10時からチェックインが始まる午後3時まで、5時間の中抜け時間があるのが普通です。社員はいったん家に帰っていいのですが、遊びに行くわけにもいかない。朝7時頃から午後8時頃までずっと拘束される。
私は採用や転職を支援する会社を経営していたからよく分かりますが、この労働条件で新卒が来るわけがないし、実際に採用できていませんでした。若者が会社を選ぶ基準は「賃金4割、休み4割、やりたいこと2割」です。旅館は土日が稼ぎ時で暦通りに休めない。とすれば、人材採用には賃金を上げることが不可避なので、私が戻ってから初任給を18万5000円に上げました。
初任給を上げれば賃金テーブル全体も上げることになります。賃金原資を増やすために、どんな施策を打っていますか。
伊藤:旅館業は設備投資にお金がかかるので、構造的に人件費を上げにくい。しかも、客数は月によって繁閑の差が大きく、営業利益率は大抵1ケタ台。1人当たりの利益を増やすためには、抜本的な改革が必要です。
まずは、社員の中抜け時間をなくしました。チェックアウト後は清掃や洗濯、料理の仕込み、調理補助などをしてもらいます。従来はこれらすべてを外注していました。清掃は専門の会社、食材はカット野菜を食品会社に持ってきてもらう。旅館業ではこれが当たり前ですが、代わりに社員がすれば外注費が抑えられるし、中抜け時間もなくせる。今では浴槽の清掃だけを外注しています。
なぜ、旅館は外注比率が高いのですか。
伊藤:それが業界の常識だからだと思います。温泉街にはたくさんの清掃会社があり、昔からの旅館は彼らのことをとても大事にします。地元のいろいろな専門会社が支え合っているので、関係を切りにくいのでしょう。
マルチタスク化に対する反発はありました。入社10年目までの社員が7、8人いましたが、彼らは全員辞めました。「これまでフロント業務だけでよかったのに話が違う」「外注の会社がしてきた清掃の仕事を、なぜ私が」と不満を持ったようです。その一方、初任給を上げ、中抜け時間をなくしたことで、若手が多く採用できるようになりました。今春も8人の新卒学生(大卒1人、専門学校卒4人、高卒3人)が入りました。就職ガイダンス時に清掃や調理補助もすると話しているので、それが当たり前だと思って入ってきます。