聖徳太子は推古13(605)年、現在の奈良県斑鳩(いかるが)町に移り住んだとされる。斑鳩宮を造営し、やがて隣接する地に斑鳩寺(法隆寺)を建立した。
▶太子が、遣隋使にもたせた「日出(い)づる処(ところ)の天子、書を日没する処の天子に致す」とした国書は隋の煬帝(ようだい)を激怒させた。日本が「倭の五王時代」の中国への朝貢外交ではなく、対等な関係を表明していると読み取れたからだ。だが、当時の隋は高句麗と抗争中だったこともあり、それを容認せざるをえなかった。
▶高市早苗首相は14日、来日中の韓国の李在明(イジェミョン)大統領と世界遺産となった法隆寺を視察した。現在、中国の習近平国家主席は対日威圧を強め、李氏に歴史問題での共闘を呼び掛けたが、李氏は日中対立とは距離を置く姿勢をとった。今回の交流で日韓が、太子が制定した十七条の憲法に記される「和を以(もっ)て貴しとなす」となればいい。