財閥が描いた茶の湯の空間、庭園と茶室が一体に 岸和田「五風荘」 人生彩る泉州の美味を

経済 産経新聞 2026年04月12日 11:30
財閥が描いた茶の湯の空間、庭園と茶室が一体に 岸和田「五風荘」 人生彩る泉州の美味を

大阪・岸和田城を間近に望み、凜然(りんぜん)とたたずむ「五風荘(ごふうそう)」。紡績業などで財を成した旧寺田財閥2代目当主、寺田利吉(りきち)氏の別邸であると同時に茶会で客をもてなす社交場でもあった。約3千坪の敷地に回遊式日本庭園、母屋と3つの茶室を配し、昭和4年から10年もの歳月をかけて造成。日本建築の粋を極めた母屋は現在、人生の節目を彩る料亭として親しまれている。

南海本線蛸地蔵(たこじぞう)駅から徒歩5分ほど。閑静な住宅街を抜け、美しく整えられた生け垣に沿って歩を進めると「五風荘」と看板が掲げられた入り口にたどり着く。立派な玄関と思いきや、こちらは実は裏門という。本来の正門は北側にあり、奈良の東大寺塔頭(たっちゅう)中性院表門を移築したもの。通常は使われておらず、岸和田に所縁(ゆかり)の深い武将、楠木正成の「楠」にちなんで「南木(なんき)門」と称されている。

五風荘は旧寺田財閥の一つ、堺寺田家の2代目当主で岸和田市長も務めた寺田利吉氏が、旧岸和田城内の新御茶屋跡などに別邸として昭和14年に建てた。当初は「南木荘」と呼ばれたが、利吉氏の諡号(しごう)「五風院」に倣って改称。平成20年に岸和田市指定有形文化財に指定され、庭園は同市指定名勝となっている。

園路を歩きながら景色の変化を楽しめる広壮な回遊式日本庭園は、敷地の8割を占める約2400坪の広さを誇る。石好きであった寺田氏の嗜好(しこう)をくんで据えられた、現代では入手困難とされる景石や、1264(文永元)年に造られ、織田信長が安土城に持ち込んだとされる「十三石の塔」なども一見の価値がある。それらが季節により表情を変えるさまざまな木々や花々と相まって、訪れる人々の目を楽しませている。

庭園を見渡せるよう配された「山亭(さんてい)」「八窓席(はっそうせき)」「残月(ざんげつ)席(せき)」の3つの茶室は、貞明(ていめい)皇后の秋泉(しゅうせん)御茶室(秋泉亭)など数々の名茶室を手がけた3代目木津宗詮(そうせん)の設計によるものだ。「(生活の場である)母屋と(賓客をもてなす)茶室が庭園と一体になった空間は〝ハレとケ〟が表現されており、寺田氏が思い描いた茶の湯の世界がある」と、市教育委員会郷土文化課の山岡邦章・文化財担当主幹は語る。

最も大きな「山亭」は柱とはりで舞台のような基礎を組み、建物を浮かせるように建てる伝統技法「懸崖(けんがい)造り」が用いられ、ガラス窓を設けた壁2面から奥まで光が差し込む明るい茶室だ。石の上に榁(むろ)の木を使った柱を接合させた基礎となっているが、自然な石の形に合わせて木を削り、高さや角度、継ぎ目を3次元でぴたりと合わせており、まるで石から木が生えているかのようだ。

数寄屋造りの母屋にも建築技術の徹底したこだわりが随所に見られる。土壁の風合い、庭を眺めることを前提にした設計が印象的で、目立たない部分にも希少な正目の板を使うなど、細部まで丁寧に作り込まれている。

そんな母屋で会席料理を楽しめる料亭は平成21年にオープンした。31年からは市の指定管理者となった岸和田グランドホール(岸和田市)が運営している。

「泉州地域、とりわけ岸和田の食材をできるだけ使うようにしている」と接客責任者の児島美樹さん。だしづくりや下ごしらえなどすべて手作業にこだわり、提供する際の温度管理など、大人数の宴席でも一皿ごとの質にこだわっているという。

この日は、春の食材を生かした会席をいただいた。タケノコとアナゴの煮物には木の芽が添えられ、吸い物にはタイ、焼き物はサワラと、皿ごとに五感で季節を楽しめる。大阪らしい上品な薄味で、食事を終えたときに「おいしかった」と満たされる味だった。

特別な空間だけあって、還暦祝いや法要、結婚式、七五三、お食い初め、宮参りなどに合わせ、食卓を囲む利用シーンが多い。建物、庭、料理を一体的に楽しめるとあって、近年は東アジア圏を中心にインバウンド(訪日客)の利用も増えてきた。「短時間でも日本を訪れたと実感できる体験の場となっている」(児島さん)といい、岸和田城と合わせた観光ルートの核となっているようだ。(田村慶子)

▼営業時間 午前11時~午後10時、庭園見学は午前10時~午後9時。料理は要予約、ラストオーダーは午後9時

▼定休日 不定休

▼問い合わせ 電話072・438・5230(午前10時~午後6時)

▼住所 大阪府岸和田市岸城町18の1

▼アクセス 南海本線蛸地蔵駅から徒歩約5分

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