直談判で3年間の大工修行 北海道の1級建築士が目指す建物

社会 毎日新聞 2026年02月02日 09:16
直談判で3年間の大工修行 北海道の1級建築士が目指す建物

 好きな建築の仕事に携わり、充実の日々を送る一方、もどかしさも感じるようになっていた。

 北海道由仁町で設計事務所「フルサン・アトリエ」を経営する1級建築士の篠原航太さん(40)。

 大学院卒業後、札幌市内の小さな設計事務所に入ると、いつしか「より詳しく建物ができあがる過程を知りたい」と思うようになった。

 もどかしさを解消するため、ある会社の門をたたく。

 就職した事務所は住宅設計のほか、大手ゼネコンの下請けとして学校や病院、役場庁舎などさまざまな建物にもかかわっていた。

 常に5~6件の案件を抱え、日中は打ち合わせや現場管理、夜は図面に向かい合う。

 帰宅は日をまたぐことがほとんどだった。

 「分業ができず、仕事は大変だったけれど、今思えば、とても濃密な楽しい時間だった。建物の用途が変わると、関連法令も変わり、いろいろ学べたことも大きかった」

 しかし、自身の仕事は図面を引き、現場を管理するところで終わってしまう。

 その先にある「実際に作ること」には触れられない。

 そこは大工の領域だった。

 「どう作られているのか意外と分かっていない。建築をもっと深く知るため、建物を自分で作りたいと思った」

 設計事務所で5年間働き、30歳を迎えようとしていた。

 体力的にもこのタイミングを逃せば、もうチャンスはないかもしれない。

 設計事務所を辞め、大工として働くことを決意した。

 といっても、大工になろうとしたわけではない。

 もともと建築士として独立したいと思っており、大工として働くことは、あくまで「もっと建築を深く知りたい」という気持ちの延長線上にあった。

 木造住宅にこだわる建設会社の社長に自身の考えを正直に伝え、3年間の限定で大工として雇ってもらえるよう直談判した。

 大卒の建築士が大工修行を志願すること自体が珍しい。

 当初は「そんな体の細いやつに何ができるんだ。うちは学校じゃないぞ」と断られたが、何回も通って許可を得た。

 仕事は現場のごみ拾いや資材の運搬から始まった。

 社長が懸念した通り、当初は厳しい現場の仕事に体が慣れず四苦八苦。

 しかし、徐々に体が変わり、一つずつできることが増えていく。

 「建築の現場はいろいろな人がかかわり、いろいろな人の手仕事でできあがっていることを体感できた。『建築はこうあるべきだ』と考え、頭でっかちになっていた。視野が広がった」

 3年間の大工修行を経て、札幌に設計事務所「アトリエ・レイ」を設立。

 建設会社の社長の紹介もあり、馬追丘陵に新設するワイナリー兼蒸留所(長沼町)の建築設計に参画する。

 計画に1年、建築に1年。2年がかりの大プロジェクト。

 周囲の自然に溶け込んだワイナリー兼蒸留所ができあがり、ワイナリー関係者の間で評判を呼んだ。

 評判が次の仕事につながり、次々と発注が舞い込む。

 これまで計5棟のワイナリーを設計したほか、民間住宅の設計やリフォームなども請け負っている。

 2023年には同じ馬追丘陵の一角にある由仁町古山地区に拠点を置くことを決めた。

 札幌から移住し、社名は地区名を冠した「フルサン・アトリエ」に変更した。

 「都心ではなく、地方に拠点を置きたいと思っていた。ナラやカエデの広葉樹の森の中にあり、光もあふれる魅力的な土地だった。北海道の大半を占めるのは地方都市。その中で充実した暮らしができたらいいなと思う」

 いまは自宅兼事務所の建設を行っており、完成予定の6月まで仮住まいの町営住宅で仕事に取り組んでいる。

 「暮らしの充実感には、町の中の建物もかかわってくると思う。町が将来どういう姿になっていきたいのか、町の人と一緒に考え、自分は建築を通して貢献したい」

 これからはまちづくりにもかかわり、小さくてもキラリと光り、町の人たちに長く愛される建物を建てることを夢見ている。【高山純二】

 1985年生まれ、札幌市出身。札幌手稲高、北海道大工学部卒、同大学院工学研究科修了。堀尾浩建築設計事務所(札幌市)、武部建設(岩見沢市)を経て、自身の設計事務所を設立した。1級建築士、2級大工技能士。北大非常勤講師も務める。

関連記事

記事をシェアする