国際有人月探査プロジェクト「アルテミス計画」の宇宙船が日本時間7日、約半世紀ぶりの有人月周回を無事に成功させたが、これは単なるアポロ計画の再現ではない。かつて米ソ冷戦の舞台だった月は、今や米中がせめぎ合う場となりつつある。水などの資源採取や基地建設の足場を誰が先に築くか、という新たな競争が、米国を再び月へと急がせる。
月探査の初期は旧ソ連が先行した。無人探査機「ルナ1号」が1959年に世界で初めて月に接近し、66年には「ルナ9号」が初の軟着陸に成功した。一方、米国は68年にアポロ8号で初の有人月周回、69年にアポロ11号で初の有人月面着陸を実現し、計6回の月面着陸で巻き返した。だが、その後は熱がしぼみ、競争はいったん沈静化した。
流れを変えたのが中国の台頭だ。2013年に嫦娥(じょうが)3号で軟着陸に成功後、19年に嫦娥4号で初めて月の裏側に着陸。24年には嫦娥6号が初の裏側からの試料回収に成功し、立て続けに存在感を示した。今は30年までの有人月面着陸を掲げ、月の南極域での活動や将来の拠点づくりもにらむ。
月の南極域には氷の状態で水が眠っている可能性が高く、これを使えるかどうかが長期滞在の拠点づくりを左右する。中国が布石を打つほど、米国では月探査で主導権を奪われかねないとの警戒感が強まった。
その警戒感は、米航空宇宙局(NASA)首脳の発言にもにじむ。ジャレッド・アイザックマン長官は2日の記者会見で、アルテミス計画で再び月を目指す理由について「中国との競争も要因の1つだ」と明言。今回の飛行を月面基地建設につながる「始まり」と位置付けた。NASAは28年に再び有人月面着陸を実現し、着陸頻度を高めながら月面基地づくりを最優先する方針だ。
月はいま、誰が再びたどり着くかを競う場ではない。誰が最初に南極域で活動の足場を築き、氷状の水や資源利用、通信網や移動手段、基地などのルールづくりで主導権を握るかを争う舞台だ。アルテミス計画による有人月周回は、その新たな競争の号砲という意味合いが強い。(伊藤壽一郎)