かつて大量出店と大量閉店で有名となったファストフードチェーン「東京チカラめし」。一時は大阪市の1店舗のみとなっていましたが2024年、東京法務局内に「東京チカラめし食堂」を出店。現在は国内で2店舗となっています。
この「東京チカラめし」を運営しているのが、SANKO MARKETING FOODS(東京都新宿区)です。
同社はもともと「東京チカラめし」をはじめとする飲食業を主力としていました。しかし、コロナ禍を機に事業を縮小し、今では売り上げの半分を「水産事業」が占めています。
本記事では、同社の成り立ちから東京チカラめしの盛衰、さらに水産事業参入までの経緯と成長を追います。
SANKO MARKETING FOODSは約50年前の1975年、JR(当時の国鉄)神田駅のガード下で「三光亭」として産声を上げました。
カレーと牛丼のみというシンプルなメニューですが、生活感を大切にしたことで支持を集め、人気店へと成長。1977年4月に「有限会社三光フーズ」として法人化し、1983年2月には「株式会社三光フーズ」へ組織変更しています。
ただ、創業から約20年間は目立った経営資源に恵まれていたわけではありません。転機となったのは、居酒屋業態への進出です。
1998年、新宿中央東口に「東方見聞録」をオープンしました。当時の居酒屋では珍しかった「個室」を導入したことが特徴です。手作りの味にこだわった”プライベートダイニング”という打ち出しが新しい価値として受け入れられ、成長を加速させました。
その後も、手作り豆腐や湯葉料理をメインとした「月の雫」、串焼きの「庖坊主」など業態を広げ、2002年10月に「三光フーズ」から「三光マーケティングフーズ」へ社名を変更。2003年3月にジャスダックに上場し、2004年9月に東証二部上場を果たします。
2004年6月期の決算では、売上高181億3800万円、営業利益22億8800万円、当期純利益11億800万円と好業績を記録しました。
ところが2008年、右肩上がりの成長を続けてきた同社をリーマンショックが襲いました。
2007~2008年、米国のサブプライムローン問題に端を発する金融不安と、2008年9月のリーマンショックにより、個人消費は急激に冷え込みました。三光マーケティングフーズも例外ではなく、来店客数の減少や客単価の低下に直面します。
打開策として、同社は低価格の新ブランド「電撃ホルモン」「金の蔵Jr.」を立ち上げました。消費者が「低価格」に価値を見いだす流れを捉え、「全品300円居酒屋 金の蔵Jr.」を展開。その後も「全品299円居酒屋」「全品270円居酒屋」と次々と新店を開業しました。
収益性は低下したものの、売り上げの大幅な落ち込みは回避し、リーマン不況を乗り越えます。
続く試練が、2011年3月の東日本大震災です。甚大な被害を受け、世の中が沈む中、「東京から日本にチカラを!」との思いを込め、焼き牛丼「東京チカラめし」を開発。2011年6月、池袋西口店に1号店をオープンしました。
居酒屋業態にとどまらず、三光マーケティングフーズの原点である「牛丼」業態に再び挑戦。これまでの経験とノウハウを生かして新たな成長の柱を模索していきます。