ヴィレッジヴァンガード本店閉店の印象は? “ゴチャゴチャ”の価値が変わった背景

経済 産経新聞 2026年04月11日 15:00
ヴィレッジヴァンガード本店閉店の印象は? “ゴチャゴチャ”の価値が変わった背景

本連載について:都市ジャーナリストでチェーンストア研究家の谷頭和希氏が、現代のビジネスシーンを深く掘り下げる。都市再開発の成功例や課題、企業戦略の変化、消費者文化の進化に注目し、表面的な現象だけでなく、その背後にある背景を探る。日々変化する消費トレンドを通じて、社会や企業の動きに迫り、これからのビジネス環境や戦略について考えさせられる視点を提供していく。

ヴィレッジヴァンガードの本店が、2026年5月に閉店する。名古屋市天白区にある1号店で、1986年に開業した店舗だ。

閉店の理由は、建物や設備の老朽化によるものであり、「ヴィレヴァンそのものが立ちゆかなくなった」という話ではない。にもかかわらず、このニュースは多くの人に「ヴィレヴァンの衰退」という印象を強く与えている。

その背景には、この数年にわたり、「ヴィレヴァン大量閉店」「ヴィレヴァン不調」といった話題が、主にネット上で繰り返し取り上げられてきたことがある。今回は、本店閉店のニュースを手がかりに、近年のヴィレヴァンの苦戦と、その先にあり得る方向性について考えてみたい。

まず確認すべきなのは、ヴィレヴァンの業績は実際に厳しい局面にあることだ。2025年5月期は最終赤字が42億4700億円。2026年5月期中間決算では、売上高も107億8400万円で、前年同期比8.6%減となっている。

こうした不振を受けて、会社は不採算店の整理を進めており、ピーク時には400店を超えていた店舗数も、2025年11月末時点で279店まで縮小している。

本店閉店が「一つの店舗の事情」としてではなく、「ブランド衰退の象徴」として受け取られているのは、こうした文脈がすでに一般に共有されているからだろう。

もっとも、厳しいのはヴィレヴァンだけではない。物価上昇で家計が圧迫される中、生活必需品ではない商品を扱う雑貨店や書店が苦戦するのは不自然ではない。ヴィレヴァン側も決算資料で、物価上昇や実質賃金の低迷による節約志向の強まりを挙げている。

ただ、ヴィレヴァンの不調を外部環境だけで説明してしまうのは不十分だ。問題は、景気や消費行動の変化だけでなく、この店が持っていた強みそのものが失われている点にある。

近年、しばしば指摘されてきたのは、個性の希薄化である。とりわけ、ショッピングモールへの出店が増えるにつれて、かつて店舗空間に色濃く宿っていた「サブカル感」が薄れてきた、という見方が根強い。

もともとヴィレヴァンの魅力は、店員が好きなものを商品として並べたり、彼らが手書きのPOPを用意したり、そうした熱量が店の個性として演出されていた点にあった。しかし、そのような「店の手触り」とでもいうべきものが、ショッピングモールをはじめとした場所への大量出店とともになくなったのではないか、というのがよく指摘される。

より現実的な見方では、流通アナリストの中井彰人氏が指摘するように、ヴィレヴァンの「書店」という形態そのものが、十分な収益構造を築きにくいという見方もある。

いずれにしても、ここで指摘されているのは、主に「店側」の事情である。

しかし、もう一つ見落としてはならないのが「消費者側」の変化だと筆者は考える。

ヴィレヴァンの魅力が低下した理由には、消費者にとって「ヴィレヴァンで偶然何かに出会うこと」の価値が、以前ほど特別でなくなったことにあるのではないか。私は、そう考えている。

そもそも、ヴィレヴァンの魅力とは何だったのか。あの店を特徴づけていたのは、いわゆる「ゴチャゴチャした陳列」である。曲がった通路、雑多に置かれた商品、視界を埋めるPOPや値札。その中を歩いているうちに、もともと買うつもりのなかった商品に出会ってしまう。その「偶然の出会い」こそが、ヴィレヴァンの面白さの一つだった。

一見すると不便に見えるあの売り場は、実のところ、かなり精巧に設計された空間でもある。目的に向かって効率よく買い物をさせるのではなく、思わぬ商品を見つけさせて客の足を止め、「衝動買い」を促す。それが、店舗全体の価値にもつながっていた。

しかし、その強みは、いまや以前ほど特別なものではなくなっている。

かつて、未知の面白いものに出会うには、リアルな空間を歩く必要があった。だが現在、その役割のかなりの部分を担っているのは、TikTokやInstagramのようなレコメンド型プラットフォームであり、生成AIもまた、興味関心に沿った情報探索を強く後押ししている。

ユーザーが何を見て、どこで止まり、何に反応したかをもとに、次に見せるコンテンツが絶えず調整されている。かつてリアルの売り場が担っていた「発見」の機能を、アルゴリズムが先回りして肩代わりするようになったのである。

この消費者側の変化が、先に述べた人材育成や売り場づくりの停滞と重なったとき、ヴィレヴァンの魅力は大きく損なわれたのではないか。

とはいえ、「リアルな消費空間はもう不要で、価値がなくなった」と結論づけることはできない。むしろ、ネットのプラットフォームでは代替しきれない価値が、依然としてリアルな空間には残っている。

というのも、アルゴリズムが提示する「偶然」は、厳密には偶然ではないからだ。それは過去の閲覧履歴や反応に基づいて、ユーザーの嗜好(しこう)に最適化されたもので、そこではどうしても「もともと自分が好きなもの」が反映される。つまり、本当の意味での「予想外」ではない。

本当の意味で「何に出会うか分からない」という経験が生じ得るのは、むしろリアルな空間のほうだといえる。だとすれば、人が「予想外のワクワク」に魅了される限り、ヴィレヴァンはその価値を失うことはないはずだ。

では、ヴィレヴァンが息を吹き返すためには、何が必要なのだろうか。

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