予算案の年度内成立断念 高市首相が直面した「参院の独自性」 長期政権へ課題

政治 産経新聞 2026年04月02日 22:30
予算案の年度内成立断念 高市首相が直面した「参院の独自性」 長期政権へ課題

自民、立憲民主両党は2日、参院予算委員会で高市早苗首相が出席する集中審議を6日に実施する日程で合意した。令和8年度当初予算案の成立は最速でも7日以降となり、首相がこだわっていた「令和7年度内の成立」から1週間以上遅れる。衆院選圧勝で求心力を増した首相の意向さえ通らない背景には、衆院と異なり、独自性や与野党協調を重んじる参院自民党の特質がある。

首相は3月30日の自民党役員会で「参院幹部に尽力いただいたが、予算案の年度内成立が実現しなかったことは残念」と淡々と述べた。出席者によると、石井準一参院幹事長が立ち上がって謝罪したが、首相は反応しなかったという。

予算案の成立が遅れた発端は、首相が36年ぶりの2月の衆院選実施に踏み切り、審議入りが例年より1カ月程度後ろ倒しになったことだ。2月8日の衆院選で民意の支持に自信を持った首相は「年度内成立を目指す」と語ったものの、官邸や与党では当初、「現実的には4月中下旬」との見方が一般的だった。

複数の与党幹部によれば、石井氏が「3月13日に衆院通過すれば、その後の参院審議では土曜や日曜も審議し、3月末までに成立させられる」との趣旨の日程案を衆院側に示した。

首相への配慮とみられるが、これを機に首相や衆院の与党は「3月13日通過」へと突き進んだという。与党は1カ月程度が通例の衆院審議を2週間余りに短縮させ、13日、国民民主党を含む野党の反発を押し切って夜に衆院本会議を開催し、予算案を可決した。

参院幹部は「首相は『石井カレンダー』を信じた。今は参院に裏切られたと思っているだろう」と語る。

ただ、参院自民にも言い分はある。「『荷崩れ』して予算案を送ってきたら、年度内成立は困難」と衆院側に伝えていた。野党が「審議時間が不十分」などと主張し、採決の実施自体に抵抗する中で可決し、与野党対立の状況で参院に送付されても、円滑に審議を進められない-というわけだ。今回は、少なくとも国民民主の賛成は見込んでいたという。

しかし、その前提条件が崩れた。参院自民は「土日を使ってしっかり議論させてほしい」と野党に提案したが、「異例中の異例」と断られた。野党の怠慢ではあるが、参院自民が最後まで土日審議を追求して交渉した形跡もない。

「出口を預かる参院」では、対立の生じない「波静か」な状況を維持したいという意識が働きやすい。参院は、国会会期末や年度末といったタイムリミットを常ににらみながら、衆院から送付された法案や予算案を採決しなければならない。このため、歴史的に与野党協調を重んじる。少数与党の状況ならなおさらだ。予算成立後も、7月17日の会期末までに国家情報会議創設法案などを抱えている。

こうした参院自民の運営方針が首相の意に沿わないとしても幹部を入れ替えるのは難しい。幹事長や政調会長など党最高幹部は首相(党総裁)が直接選ぶが、参院自民の人事は違う。

党所属参院議員による選挙で参院議員会長を選出し、その議員会長が参院幹事長など幹部を任命する。選挙で選ばれる自民の役職は総裁と参院議員会長だけで、それだけ重い存在といえる。歴代最長政権を築いた安倍晋三元首相も、参院人事に直接手を突っ込むことはしなかった。

内閣支持率の高さは、選挙の顔としての首相の求心力に直結するが、参院選は再来年の夏までない。いつ衆院解散があるか分からない衆院議員と参院議員の意識は、やや異なる。

こうした構造により、元参院議員会長の村上正邦、青木幹雄両氏らが率いた1990年代から、参院には「衆院や官邸の言いなりにならない」との風潮もある。青木氏は「いざとなったら結束して首相と戦える」と語った。同時に、衆院との差別化を図るため、決算や政府開発援助(ODA)の審議・調査を重視する運営に改めた。

安倍政権下では、青木氏を政治の師と仰ぐ吉田博美参院幹事長(当時)が参院の充実審議を徹底した。吉田氏は「参院自民党は強くなくてはダメ。強くなければ必ず参院不要論が出てくる」と語っていた。吉田氏の右腕だったのが石井氏だ。

高市首相が政権運営のモデルとする安倍氏は在任中「参院を敵に回してはならない」と同僚議員に語ったことがある。高市首相も長期政権に向け、参院との関係構築がかぎになる。(田中一世)

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